デザインの教育現場では、創造性豊かな学生を育てることは使命のように思われているかもしれない。しかし、この<創造性>という概念には注意が必要である。私たちの日常は、ひらめきや思いつき、アイデアで満ちているが、そうは思いながらも、自らを創造性豊かだということは憚られる。それらが些細なものと謙遜する気持ちもあろうが、もともと<創造>を神の御業としてきたことからすれば、そこにアンビバレントな思いが生じることも理解できよう。つまり、<創造性>の重要性を訴えながらも、私たちは<創造>に伴う責任を問わなければなるまい。今日、歴史の転換点にあるという意識が、私たちの中にも高まっているが、これからの時代にどのような<創造性>を求めているのであろうか。一方では科学技術研究に基づくイノベーションに目をみはりつつも、一方ではアート思考という主張にお株を奪われたような気持ちになっているのではなかろうか。新しい時代を切り開く上で益々の<創造性>が求められながら、私たちの<創造性>自体がAIからの挑戦を受けている。こうした時代状況の中で、<デザインの創造性>のあり方、その可能性や課題について、考えを巡らせてみたい。
基調講演:「創造性研究のエスキース『人はなぜ、創造できるのか?』」
松岡由幸(慶応義塾大学 / 早稲田大学)
概要:人はなぜ、新たなモノを創造できるのか?しかも、なぜ、同じの条件のもとで、多様なモノを生みだせるのか?これらの一見素朴な疑問は、「デザイン科学」と呼ばれる研究領域を専門とする私にとって、長年にわたる“不思議”でありました。ここでは、創造性研究のエスキースとして、その歴史、枠組みと課題、AGE(エイジ)思考モデルなど最新の理論を、自身の実務経験をまじえてご紹介します。
講演1「デザインとエンジニアリングの間にみる創造性への導」
日本デザイン学会 佐藤 浩一郎(千葉大学)
概要:「デザイン」と「エンジニアリング」はその文脈や特徴の違いにより各々独自の世界を構築するとともに、両者の協同により広大な創造性の世界を作り上げている。この広大な世界で良質な創造性を発現させるためには、両者の間(はざま)を繋げる導(しるべ)を利用することが肝要であると考える。そこで、本発表では多空間デザインモデルやデザイン二元論といったデザイン科学の視点に基づき、二つの世界による創造性への導について論考を試みる。
講演2「けして楽観主義ではないビジョンと本質的な希望」
道具学会 田中 聡一郎(東京都立大学)
概要:未来の持続可能性を考えて、ダン&レイビーは「人々の価値観や考え方、行動を変えるしかない」と書いた。現在、自分たちが直面している環境や経済、政治、文化の問題は、既存の経済原理に根ざしているため、このままでは解決不可能であることに多くの人々が気づいている。学生達との取り組みは、けして楽観主義ではないビジョンを構想し現在の延長線上にない社会のあり方を探りながら、本質的な希望を創造しようとするものである。
講演3「21世紀のライフスタイルと多層時間モデル」
意匠学会 川島 洋一(福井工業大学)
概要:20世紀は空間の価値が過去最大となる「空間の世紀」となった。同時に、既製品を入手して消費する「無時間モデル」が私たちの生活を支配した。21世紀になり、環境意識をはじめ価値観が変化しつつあるなかで、個々の人間にとって有限な資源である「時間」の価値を最大に高めるライフスタイルに変化しつつある。発表者はそれを「多層時間モデル」と名付け、生活のさまざまな場面に現れている現象を注視して、そこから創造のためのヒントを考えてみたい。
講演4「創造的プロセスとまちづくり~銭湯・空き家再生の実践から~」
芸術工学会 加藤 優一(東北芸術工科大学)
概要:現在取り組んでいる2つの実践を紹介します。1つ目は、東京都杉並区にある銭湯「小杉湯」を起点にしたまちづくり。2つ目は、山形県での空き家再生プロジェクトです。どちらも、暮らしの延長でまちに関わり、場と人の関係性を少しずつ広げてきました。まちづくりにおける「創造性」とは、小さな実験の連続によって生まれるものではないでしょうか。
講演5「向井周太郎の具体詩」
基礎デザイン学会 小林 昭世(武蔵野美術大学)
概要:具体詩(Concrete poetry)は創造性を考えるために、恰好な表現の一つだろう。文芸と美術をはじめとする複数の表現ジャンルを越境し、自然の再現や抽象とは別な一つの実在する世界を形成し、見る者に多数の想像の視点を喚起すること、などなどの特徴があるからである。いくつかの創造性についてのモデルを参照しながら、向井周太郎の具体詩を事例に創造性について考える。