榮 久 庵 憲 司『 道 具 考 』(1969)を手がかりに
石川 義宗/道具学会
榮久庵憲司の『道具考』を手がかりに、 人間と道具の関係性の変容を探る。かつて道具はまるで人間の手足の延長のよな存在であり、その関係性は明瞭だった。しかし、現代では、人間と道具の関係性は複雑化・曖昧化しており、議論が必要になっている。榮久庵憲司『道具考』 (1969)冒頭「道具世界導入」を参照す ると、下記のように整理できる。 1.欲望の増幅装置としての道具:自動車は人間の移動を助けるが、同時に 消費社会において所有欲を刺激している。また、スマートフォンとそれに関する周辺機器の開発に見られる ように、欲望の増幅によって道具が進化するようにもなった。 2. 環境の破壊と生成:道具の膨張は住 宅や都市といった範囲を超えて議論されており、SDGs や持続可能性といったトピックは地球規模の課題、すなわち、「人工」と「自然」の共存 という、より大規模で複雑化した視野を持っている。 3. 境界線の曖昧化:スマートスピーカーに話しかけるとき、我々はそれを単 なる機械として操作しているのか、擬人化されたパートナーとして対話しているのか判然としない。人間と道具の境界が曖昧になり、互いに影響し合う「共進化」の関係が生まれている。 この複雑な関係に対し、榮久庵は三つの方向性を示す。第一は、人間が主体的に道具の意義を問い直す「道具との対話」であり、第二は、道具を使いこなすために人間側が倫理観やスキルを進化させる「人間側の適応」である。そして、第三は、人間と道具の理想的な絆の構築、いわば、 人間と道具の文脈の再構築である。それ は、道具がもたらす体験をいかにして人 間の精神的な豊かさへと導くかを計画することである。 以上が「道具(Dougu)」という概念によって問われる内容である。それは、唯 物的な道具への理解が見失った関係性の豊かさを提示するが、世界にその意義を 訴えかける普遍的な思想となるのではないか。
(長野大学企業情報学部教授)